積丹岬・島武意海岸から女郎子岩
神威岩伝説・ 義経の後を追って神威岬までたどり着くも義経は既に出帆チャレンカが大声で叫んでも強風にかき消され届かず。悲しみの中チャレンカは、和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せんと言う恨みの言葉を残し海に身を投げる。その姿がやがて岩と化したと言い伝えられているのが神威岩。以来、女性を乗せた船がこの沖を過ぎようとすると必ず転覆したため、神威岩はかつて女人禁制の地。
女郎子岩の伝説・奥州から逃れ来た源義経、しかし、追ってから逃れるために月夜の晩に家来と共に密かに船出。それを知ったシララは絶壁の上から泣き叫ぶが、船が遠く離れていくのを見て海に身を投げる。シララの姿が、女郎子岩になったと言われています。