2013年の12月初旬。
山形県山形市にある山形城を訪れました。
延文元年年(1356)に、羽州探題として山形に入部した
斯波兼頼(最上家初代)が築城したと伝えられ、
現在の城郭は11代城主義光が築いたものが原型とされています。
本丸、二ノ丸、三ノ丸の3重の堀と土塁を持つ輪郭式の全国有数規模の平城で、
出羽の関ヶ原合戦「長谷堂合戦」で城郭が霞で隠れたことから「霞ヶ城」とも
呼ばれていました。現在の二ノ丸の堀や石垣は、最上家改易後、鳥居忠政により
大改修されたと伝えられています。
明治から昭和にかけて、多くの遺構が失われてしまいましたが、
2033年をめどに本丸の発掘調査を完了させるとともに、本丸の復元も予定されているようです。
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