道ならぬ恋であった。
青年はしたためた恋文を二つに裂き、片方を庭先に埋めた。もう片方を手に、青年は着物の襟を左前(※)にあわせて下宿を出た。
しかし思い出の場所への道すがら、突然、青年は喀血し意識を失った。
畦道から手つかずの水田へ転げ落ちた青年を、誰も見つけることはなかった。
数十年後、水田や畦道は開発され、広い路がぬけた。
青年の眠りは体の上をゆく人々の雑踏で妨げられ、ふと、彼は目覚めてみて思う。
ああ、あの庭はどうなっただろうか。あの恋文は人知れず埋まったまま無事であろうか。
……死ぬために出かけてきたが、こんなはずではなかった。
自害すら儘ならない運命に、青年は死してなお愛しい人を想い、涙を流す。
※着物のあわせ=「前」を「手前」と考えます。