「そのカセット、馬鹿みたいよ」伊織は窓の外を見たまま不服そうに呟いた。「イエスが馬鹿馬鹿しいって言うならバカラックでも聴いてればいいんだわ」「いい疑問だ」エンジン音に負けないよう僕はしっかりと念を押して答えた。「いいかい。人間は思春期のある一時期どうしてもこの手の音楽を受け付けない時がある。あまりにも感受性が強い時期なんだ。その季節に外部からの強いエネルギーが無軌道に流入すると自分の体内の高速回転体が制御し切れなくなってそいつはコマのように転倒事故を起こす。無意識的にそれを恐れてるんだ。その時期が過ぎると回転体の力が衰えてくる。そうなると転倒はぐんと少なくなるからスライを安心して聴けるようになる」伊織はコクリと頷いた。「でもそれってやっぱり変よ」やれやれ。