2019年9月7日 5時15分
昭和天皇との会話を記した、初代宮内庁長官の「拝謁記」には、憲法で政治関与を厳しく制限されている昭和天皇が、当時の吉田茂総理大臣から、戦前から慣例的に続く「内奏」の形で、朝鮮戦争の日本への影響や政府の外交方針など、国政に関する報告を受けていたことが記されていました。分析に当たった専門家は、「朝鮮戦争や内閣の人事などについて、吉田がどのように話していたのかわかる貴重な資料だ」としています。
初代宮内庁長官の田島道治が、昭和天皇との対話を記録した「拝謁記」には、戦前から慣例的に続く「内奏」などの機会に、吉田茂総理大臣が昭和天皇に話した内容が頻繁に登場します。
このうち、朝鮮戦争勃発の翌月、昭和25年7月の拝謁では、昭和天皇が田島長官に「今日吉田総理が来て朝鮮の問題ハ第三世界戦争ニならぬ限り又アメリカがまづい事をしない限り日本ニとつてはむしろよい影響がありますといつてた」と述べたうえで、吉田が、朝鮮戦争によってソ連など東側諸国も含めた「全面講和論」が吹き飛び、失業者の減少にもつながる、などと話していたと、田島長官に明かしたことが記されています。
また、昭和26年2月の拝謁で、昭和天皇は、吉田が前日に日米の講和条約交渉の内容を「非常に詳細ニ話した」と述べたうえで、「吉田ハ再軍備とは決していはず、警察予備隊を十二万五千ニするとかいつてた。省も治安省とするといふ様な話であつた」と明かしたと記されています。
このほか、吉田が閣僚人事の方針などを、あらかじめ昭和天皇に伝えていたことも記されていました。
「拝謁記」の分析に当たった京都大学大学文書館の冨永望特定助教は、昭和天皇が、吉田からこうした報告を受けていたことについて「政治的行為と言えるかは微妙な問題だ」としたうえで、「同時進行のリアルタイムで起きていることについて、吉田がそのまま天皇に報告していたことが改めて確認できた。朝鮮戦争や内閣の人事などについて、吉田がどのように話していたのかわかる貴重な資料で、今後の吉田茂研究に一石を投じるものだ」と話しています。