「なぁ、ネイチャ。二進数って知ってるか?」
机の上で頬杖をついているネイチャに尋ねた。
「んー。聞いたことあるようなないような。若い頃の話だしねぇ」
いつも通り返ってくる冗談には、いつも通りの声の張りがなかった。
先週のレース結果は3位。昨日引いたくじは3等だったんだよねと、ぽつりと話していた。
「全部の数字を0と1で表す方法なんだけどな」
親指、人差し指、と左手の指を立てていく。手はピストルを模したような形になる。
「3はな、1が二つで表せるんだ」
形作った手を軽くネイチャに見せる。ネイチャは目線だけをこちらに向けた。帰ってきたのは小さな笑顔。
「ありがと、トレーナーさん。アタシは大丈夫だから」
一拍おいて、ネイチャは何かに気づいたようだった。
「というか、それだと3じゃなくても良いじゃん。なーんだ」
ふふっと、苦笑いが溢れた。
「待ってくれ。これは二つだから良いんだ」
不思議そうな顔でネイチャはこちらに向き直る。それに合わせて、掌を見せるように左手をネイチャに向けた。
「この1を一個、俺が取り除いてやる」
右手でぐっと左手の親指を握る。
「残るのは1が一つだけ。俺が絶対に、ネイチャに1を掴ませてやる」
ぽかんとした顔でネイチャはこちらを見続けている。室内の時間が静止する。
恥ずかしさが急にこみ上げる。なんだ取り除くって。意味不明だ。何より3はネイチャが吹っきりたい数字。さらにネイチャを傷つけてしまいかねないじゃないか。
羞恥と後悔が脳内を駆けていた時、
「ふふふっ」
笑い声が耳に届いた。いつの間にか下がっていた視線を上げると、ネイチャが笑っていた。先ほどの寂しい雰囲気はもうなかった。
しばらくして、軽く目を擦りながらネイチャは椅子から立ち上がった。
「取り除くって意味わかんないし…。やけに堂々としてたし、面白すぎでしょ…」
先ほどの姿がまた浮かんできたのかくすりと笑う。指摘されると倍恥ずかしい。
「だからね」
言葉が続く。向けられたネイチャの左手は、二進数の3を示していた。
「アタシがちゃんと1を取ってくるから」
天井に向けられた人差し指に右手が添えられ、静かに畳まれる。残った親指を、ネイチャはゆっくりと天井に向けた。
「だからさ、こうやって待っててよね」
堂々と親指を立てる彼女の笑顔は、これまでで一番輝いていた。
・人力なしです。(技術がありませんでした)
・自分絵です。苦手な方はブラウザバックをお願いします。