「お客さん達、仲が良いんですね」
「ははっ…そんなんじゃないですよ」
囁くような小さな声。
目的地までもう少しの距離だが彼女が起きる気配はない。それも仕方ないと彼は思う。16歳の少女、学業とアイドルの二足の草鞋。今日だって一日中慣れないドラマの撮影を通したのだ。業界では有名な完璧主義の監督。その突拍子も無い無茶ぶりに付き合わされながらも何とか彼女は仕事をやり遂げた。疲れるのも無理はない。本当に今日はよく頑張ったと思う。だから、だからこそなのだが。
肩に持たれかけ、隣でくうくうと小さな寝息をもらす彼女。彼女のチャームポイントであるその大きな瞳も今は瞼を下ろしている。
………起こすべきなのだろうか。
肩越しに伝わる、彼女の質感を帯びたその体温が、彼の内側をむず痒しく感じさせる。
アイドルだから可愛いのは当然。そう言ってしまえば確かにそうかもしれないが、彼女はその中でも郡を抜いて可愛いでは無いかと思ってしまうのは誰かに聞かれれば親バカだと言われてしまうだろう。それとも彼女に触発されて俺までバカになってしまったのだろうか。
「お客さん、もう着いちゃいましたよ」
声を抑えてタクシー運転手が言う。
それから、今も俺の肩で眠り姫を続ける彼女について、少し自分の中で迷ってから、羞恥心だとか周りに見られた時のリスクだとか、そう言った物と、今ここで彼女を起こす忍びなさを天秤にかけて、結局それしか解決法が無いことに気づいて、「これは疚しい理由がある訳では無いのだ」と誰に聞かせるわけで無く自分の心に言い訳をして、意を決して彼女のスラリと伸びる足に手をかけて持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこの姿勢だ。
「んしょ…!」
何となく鍛えていて良かったと感じる。腰にかかる負担。バクバクと肌から伝う心臓の音。まだ俺も若いとは言え、歳はとるものではない。彼女の日々のレッスンで鍛え抜かれた体は俺が思っていたそれより柔らかく、ステージで縦横無尽に体を動かす筋肉が詰まっているとは到底考えられなかった。
彼女の心臓は、その勢いの留まる事を知らずに痛いぐらいにその胸を打っている。彼女から肌越しに伝わるその音が何となく俺の心を急かす。
「ん?」
それから俺はある事に気づいた。恐らくこれは気の所為ではないんだろうな。なんて事に気づいてその場に足を止める。
「なぁユッコ」
誰に聞かせるわけでも無く、彼女をお姫様抱っこした姿勢のまま小さく呟いた。
「起きてる?」