雫の通う中学校では例年文化祭で各々が学年ごとに定められたテーマに沿って調べ学習をし、それをまとめて発表するのが慣例となっている。今年のテーマは「自分の興味を深めて共有しよう」。なんでも、キャリア教育の一環として自らの興味を深め、それをシェアすることで興味のある分野への関心や知識を高め、理想の将来像を明確化するとかなんとか。雫は悩んでいた。取り立てて興味のあることが全く浮かばないのだ。周囲は着々と進捗を出している。キーボード音のみが重奏を奏でるPC室で、ただ時間が過ぎていく。もしかしたらこの時間を無碍にしているのは自分だけではないか。PCに映し出されている憎いほど純白な画面とは対照的に、雫の心にはどす黒い雨雲がかかっていた。雫にとってこういった経験は極めて稀有であった。運動、芸術、あるいはゲームなどあらゆるものを卒なくこなし、とりわけ学業は難関中高一貫校として一定程度名の通っているこの中学でも5本の指から漏れたことがないほど。それを肩肘張らず朝飯前といわんばかりに継続してきた彼女にとって、人から後れを取ること自体が異常事態。かといって解決策も見つからず、詰み状態。雫はこの時、なるほど挫折とはこういうものかと誤解しかけていた。焦りともどかしさに支配された土砂降りの暴風雨をどうすることもできないまま、少しでも雨宿りしようとネットに潜り込む。ほどなくして雫は一問のクイズをみかけた。口の広いU字型をした見覚えのあるシルエット。考えるまでもない。高知県を反転させたものだ。実は、雫が気にかけたのは厳密にはそのシルエットではない。その右上に小さく書かれた一般正解率19%という数字だった。正直、なかなかの驚きだった。佐賀県とか徳島県とか、特徴の掴みづらいわけでもない、むしろそれとは真逆な立場にいる高知県がちょっと反転しただけで5人に1人しか正答できなくなるのか。これだ。彼女に電流が走った。失った時間は取り戻せない。残された時間も底が見えてきた。けれども、雲間から金のストローがおりてきた今の雫にとって、そんなことはもはや雨を落としきったただの雲、いや、それ未満の存在であった。驚異の速度でPowerpointを仕上げ、とうとう他人と引けを取らないタイミングで完成に至った。雫からは高度の集中を維持したことによる疲れの奥にやり切ったという満足感や爽快感を漂わせる、普段のどこか無機質でノーマルなポーカーフェイスからは想像しがたい表情が出ていた。
そして迎えた本番。これは一人の少女が、雨風を克服しその雫をチャームポイントの一つとして大輪の花をほころばせる、その瞬間である。