「何よ、あんたが仕事以外で呼び出すなんて珍しいじゃない」
「ああ、悪いな冬優子。でもどうしても言わなきゃって思ってさ」
「な、何よ、改まって……」
「俺さ、プロデューサー辞めることにした」
「……は?」
「な、何言ってんの!?まだ4月には早いわよ!?」
「……すまん」
「……本気?」
「ああ」
「いつ」
「……このツアーが終わったら、辞表を出すつもりだ」
「他に誰に言ったの?」
「まだ冬優子だけだ」
「嘘つき」
「ふゆを、ふゆたちをアイドルの頂点に立たせるって」
「すまん」
「やっと、やっと甘奈ちゃんや千雪さんに並び立てるくらいになったのに!もう頂点が見えてきてる、そんな状態で、一抜けたなんて本気で言うつもり!?」
「……もう冬優子なら、俺抜きでも頂点に立てる」
「ッ!バカッ!!!」
「……っ!冬優子さん?」
「円香か……」
「……なんです?お邪魔なら、出直しますけど」
「いや、いい。円香にも話そうと思っていた」
「本気で言ってます?」
「ああ」
「……だとしたら、最低の人間ですね、ミスター無責任」
「あの手この手でやる気にさせて、諦めるな、頑張れだなんて聞こえのいいことを言って、ここまで登ってきたら後は任せた知らないさよならばいばい、無責任なんて生易しい言葉ですね」
「その通りだ」
「いつもみたいな根拠のない自信はどこに行ったんです?バカみたいな前向きさはお休みですか?色々なものを変えて、ぶち壊して、最後はすべて裏切っておしまいですか」
「そうだ」
「本当に」
「本当におしまいなんですね」
「すまん」
「ダメなんだ。力を入れようとすれば抜けていくこの感覚、もがけばもがくほど沈み、溺れていくような」
「どうしようもない無力感、だから……」
「でも円香たちは、おしまいじゃない」
「一緒に沈んじゃいけない。いや沈んで欲しくない」
「それが」
「無責任って言ってるんです。プロデューサー」
「もしもし、甘奈ちゃん?ふゆだけど」
「ふゆちゃん?どうしたの?」
「……なんでもない」
「えー何それ。あーでも聞いて聞いてー」
「(言わないつもり……?あのバカ!)」
引継ぎの資料をまとめ終えて、窓の外を眺めると、灰色の雲が空を覆っていた。
誰もいなくなった部屋からふと廊下に目をやり、傘をちゃんと持っているか心配になった。
……まあ、濡れて帰ってしまっても、もういいか。
暗い雲はどこまでも広がり、しかし雨は降りそうになかった。