本日(日付変わり昨日12月4日)は、旧帝国海軍中尉で空母「翔鶴」乗組員だった父の4年目の命日。
父がこよなく愛してやまなかった海軍旗を掲げお参りをしました。
今の私の活動の素地は父により作られたものです。
生まれ落ちた瞬間から楠公について教えこまれつつ育ちましたし、日本の國體についても厳しく教えられました。
保守活動をされていらっしゃる方には「若い頃は自虐史観を信じ込んでいたが、最近になりネット等で真実を知り、保守活動を始めた」と仰る方がとても多いのですが、私の場合は全く逆で、生まれ落ちた瞬間から、旧帝国海軍中尉、海軍士官の娘、楠公の血脈を引く者として育てられ、今に至る、という訳です。
戦後のGHQによる占領支配と、戦勝国による東京裁判なる茶番により、さも日本が侵略戦争を仕掛けたかのように喧伝されましたが、その自虐史観からなる虚について、まだ何も分からない小さい頃から、教えられて育ちました。
今のいわゆる「保守層」と呼ばれる方々が声を挙げるようになるずっと前の事でした。
今では、多くの方々が「保守」と言う形で真実の国家観と国史の史実に目覚められ、もう自分一人だけでは無く、同志の方々がこんなにも沢山いらっしゃるのだ!と、とても心強く、嬉しく思っています。
家庭教育はとても厳しく、テレビも禁止、漫画もアニメも禁止でした。
そして、血脈に相応しい教養を身に付けるようにと、小学生になった頃から茶道や華道、香道、能楽、ピアノ、バレエ等、あらゆる教養を身に付けさせられました。
今でも実になっているのは茶道くらいですが(笑)。
大学受験をし、厳し過ぎる環境から逃げ出すかのように京都の大学に進学してからは、父には「今後一切、私は先祖の事も神社の事も歴史観の事も関わらない」と宣言し、本当に関わらなくなりました。
しかし、遺伝子とは異なもの。
地霊の働きかけなのか、ある時、父の生家近くへ私用で赴いた際に、言葉では言い表されぬ、いたたまれぬ思いになりました。
「私は何をやってるのだろう」
楠公研究会活動で、必ずゆかりの地の現地に赴いて歴史を学ぶようにしているのは、自身のこの不思議な体験が元になっています。
その地に生きた人々の魂、特に非常に崇高なる理念で生きた人の魂は永遠に生き続ける。
まさに、七生報國。
大東亜戦争に於いても、多くの若者が「七生報國」の鉢巻を巻き、菊水と「非理法権天」旗を掲げ、出征、散華していきました。
大東亜戦争は日本の侵略戦争などではなく、アジア解放の聖戦でした。
そして、結果としてアジアは解放され、日本の掲げた大義である崇高なる理念において、大勝利を収めた事は間違いの無い事です。
これからも國體護持、そのひと筋で精進致して参ります。
神社本庁所属神主・楠公研究会代表理事・表千家茶道教授者・池坊教授・作家
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