「あともう少しなのに…!」
切り揃えられた竜胆色の髪の毛が揺れる。
肩についたそれが、顔に纏わりついて鬱陶しい。
…あまりに膨大すぎる。
目の前の"奴ら"は、あまりに膨大すぎるのだ。
人間の頭部を縦に3つ重ねた程の胴体は、全て黒く短い毛で覆われ、頭頂部と胴体の真横から図太い鰐のような手が3本生えている。
身体の前後ろにひとつずつ、蜻蛉に似た目がついており、口元からは虎のような鋭い牙が覗く。
おそらくこちら側が正面なのであろう。
胴体から前後左右に生えた4本の足は、か細いながらもあまりに素早い。どこか蜘蛛と似た動きをしている。
"奴ら"は、たった1人立ち尽くす彼女をどうしてやろうかと弄ぶように、すぐに襲いかかるでもなく周りを同じ速度でぐるぐると徘徊している。
それだけの知能があるのだろうか。
髪の毛よりも深く、菖蒲色と形容するに相応しい彼女の瞳は、悍ましい姿をした"奴ら"で埋め尽くされていた。
少し、意識が霞む。
左の二の腕は、"奴ら"の爪や牙で抉られ、足元には朱殷の小さな池が出来ていた。
彼女の唇は色を失い、身体から温度が失われていくのを感じた。
ーここまでかもしれない。
そう思うと、不意に一粒の涙が彼女の胸元のブローチに零れ落ちた。
するとその涙に呼応するように、鈍い群青色をしていたそれが、当然鮮やかな七色に輝き強い光を放つ。
「これは…?」