トレス:κ村
user/125382792「よしっ!」
弾けるような笑顔。手元の人形を見つめるその表情はとても誇らしげで、高揚感も垣間見えた。
図工の時間、完成した掌サイズの人形。頭にはVの文字、赤いマント、お決まりのポーズ。そう、ジャスティスレッドだ。
俺は深呼吸をして、小宮さんの元へ歩み寄った。
「それ、ジャスティスレッドじゃん」
「…えっ!?これ、何かわかるの?」
俺はすました顔で答える。
「いや、だってレッドが敵を倒した時の決めポーズじゃん」
しかし、彼女はまだ呆然としている
「あ、でもさ。レッドならこっちの方が映えんじゃね?…貸してみ。」
小宮さんの作っていた人形を手に取り、少し腕や足の位置を変えて、別なポーズを作ってみせた。小宮さんは俺の指先をじっと見つめる。
「な。」
俺は机に人形を置いた。
その人形を10秒ほど見た後、俺の方を振り向いた。その目は見たことがないほど、輝きに満ち溢れている。
「もっとカッコよくなった…!スゴいね!」
今日初めて、俺の視線と小宮さんの視線が合う。
「あ……。」
きっとその時間は3秒にも満たなかったのだろう。それは俺と小宮さんだけがいる宇宙のようで、幾多の星のきらめきが、彼女の目の奥に広がっていた。
「や、べつに。」
ふと我に返った俺はなんだか恥ずかしくなって視線を落とした。
「わたしも!」
小宮さんは人形を手に取る。
「━あっ。」
俺と小宮さんの声が重なる。ボンドは滑って、液体は彼女の指先にかかってしまった。
「指、くっついちゃった…!」
ちょっと困った顔で言う小宮さんに、俺は笑いながら言った。
「あわてんなって。洗えばヘーキだろ。」
小宮さんも笑いながら「そうだね」と言う。
OKのサインになった指を見ながら、俺たちは笑いあった。
俺は小宮さんの笑っているところが好きだ。大好きだ。小宮さんをもっと笑顔にしたい。
でも、俺たちは小学校6年生。あと何ヶ月もしてしまえば、俺と小宮さんは別々の道を歩むのだ。小宮さんの笑顔をもっと見ていたい。いや、出来るなら、もっと笑顔にしたい。
…変わるなら、今しかない。
その日の放課後、鼓動を胸に湛えながら下駄箱の前に立っていると、階段からタッタッタッ、と軽快な足音が聞こえてきた。彼女は俺を見つけると、そのまま駆けてきた。
「佐藤くん、お話ってなに?」
小宮さんはいつもの笑顔を向ける。
永遠に思える一瞬が流れた。暗闇の中で思考を巡らせた俺は、少し吃りながら、俯いて言った。
「来週のジャスティスファイブ、楽しみだな。」