ワンマンショー?いや、ジョンマンショーぜよ!アメリカ合衆国に訪れた最初の日本人。後に名乗る日本名:
中浜万次郎。
当時、庶民には姓が無く、土佐国の貧しい漁師の子:万次郎として誕生した。
(後に翻訳家・教育家としても有名になるが、当初は読み書きすら出来なかった)
漁師として生を終えるはずの万次郎だったが、ある時の
漁で難破して漂流してしまう。
無人島に流れ着き、ここで3ヶ月以上のサバイバル生活を送っていたところ
アメリカの捕鯨船によって救助された。これが大きな転機となる。
そのまま船夫として働き、世界地図で見た日本の小ささに驚愕。
世界を知るべくアメリカへ向かうことを望んだことで渡米を許され
命の恩人である船長「ウィリアム・ホイットフィールド」の養子となった。
漂流から10年後、鎖国状態であった日本に戻ることを決意した万次郎は琉球へ到着。
島津家による尋問を受けた後に土佐へ帰郷。
当時の日本から見ると貴重な見聞を持つ万次郎は藩校の教授に抜擢された。
これらの
万次郎の自伝は後に幕末を動かす坂本竜馬などの原動力となり噂を聞きつけた幕府にスカウトされ幕府直参の旗本となった。
そして、日米間の通訳・仲介役となり、
日米和親条約の締結に尽力することとなった。
明治維新が成った後は現在の東京大学の英語教授に就任。その後、欧州・米国に派遣された。
米国にて18年ぶりに自身のもう一人の父親にして命の恩人である船長に再会することとなる。
...30年前にある捕鯨船に命を救われて、後の明治維新の原動力の元となった万次郎。
あの時、自身を見つけ救助してくれた船と船長たちがいなければ
一介の貧しい漁師として生涯を終え、この出世も歴史に名を残すことも無かった。
その運命の船の名は
「ジョン・ハウランド号」万次郎は船名から名をもらい
「ジョン万次郎」として後世に名を残した。
長兄の英傑大戦:
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