〇私と沖縄
私が初めて沖縄を訪ねたのは、いまから四十年以上も前のこと。
それは、ある人生上のイベントのため、パートナーを伴っての旅でした。
ですから、私は沖縄本島を短い観光だけに留め、石垣島を本拠地にして、
竹富島まで足を延ばしたりしました。
純粋にリゾートとして楽しむために、できたばかりのリゾートホテルに宿泊し、
プライベート・ビーチや観光船で海を眺める日々。
強烈に心に焼き付いたのは空と海の青、赤瓦やハイビスカスの赤、そして星砂の浜辺の白でした。
数年後、独りで二度目の沖縄旅行、目的は本島の戦争跡地や米軍基地を訪れることでした。
そして・・戦争跡地で手を合わせ、米軍の空軍基地で飛び交う戦闘爆撃機に拳を振り上げ・・
かつて日本兵が民間人を殺したという広い砂糖きび畑にたどり着いたときには、
その場にへたり込んでしまいました。
心に焼き付いたのはとてつもなく黒く重い歴史と現在でした。
私はこの旅を短く切り上げ、奄美へと行ったのですが、その話は別の動画で詳しく・・
〇童神について(Wikipediaより抜粋)
沖縄の女性歌手、古謝美佐子さん作詞、夫の佐原一哉さん作曲による1997年に作られた曲です。
夏川りみさんのカヴァーには、ヤマトグチ(日本語の標準語の歌詞)バージョンと
ウチナーグチ(沖縄方言の歌詞)バージョンがあります。
2003年日本レコード大賞金賞を獲得したのはヤマトグチ・バージョンでした。
私はあえてウチナーグチを選びました。
編曲は懐かしくも吉川忠英さんです。
〇そしてまた私と沖縄
地政学的に、沖縄は常に日本(アメリカ)の前線基地となっています。
太平洋戦争では日本の、朝鮮・ベトナム両戦争ではアメリカの前線基地となりました。
両国の兵士と共に犠牲となったのは、罪の無い沖縄の民間人です。
奇しくもこの両国は友好国となりましたが、依然として仮想敵国との関係においては、
いまも前線基地であることに変わりがありません。
最も哀しく、やり切れないのは、内地と呼ばれる日本の政治家の問題意識の低さです。
〇真(まくとぅ)そーけーなんくるないさ
「なんくるないさ~」という言葉、「大丈夫、何もしなくても何とかなるよ~」という
ユルいニュアンスで捉えている人、多くないですか。
これは、本来は「ちゃんと挫けずに正しい道を歩むべく努力していれば、
いつかきっと報われて良い日がやってくるよ」という意味です。
哀しい現状にあるウチナーンチュの言葉、重いですよね。
ヤマトンチュの政治家共、お前たちには使わせないぞ、この言葉!!