つべより。前半は2007年10月末、アブハジアとの停戦ラインでの紛争でロシア平和維持軍に食ってかかるサアカシュヴィリ。そもそもこの紛争は、グルジア政府が2006年に停戦ラインから1kmも離れていないガンムフリ村に青少年用の「愛国キャンプ村」を作ったことに起因します。紛争の火種になるという事で、国連から撤去を勧告されても無視。その翌年に案の定、平和維持軍がこの施設にいた警官を拘束する事件が起きると、即座にメディアを引き連れて現地に飛び、自分が勇ましく抗議する姿をTVで全国放映させます。丁度この時期、首都ではまさに反大統領デモが盛り上がりつつありました。今回の狙撃事件(2008/11/23)も、背景は同じでしょう。トラブルはトラブルで解決‐それがサアカシュヴィリという男です。後半の説明は省略。