ぽっかりと虚ろな記憶の空白。
僕は、いつの間にか〈誰か〉のことを忘れてしまったらしい。
否。忘れたかったからこんな場所にいるのではないだろうか。
どうしても、なんとしても忘れたかった〈何か〉があるから、閉じ込めたい〈何か〉があるから――海の底に沈んだのではなかったか。
ああ、それなのに〈誰か〉の顔が脳裏にこびりついて取れない。
思い出そうとして〈誰か〉のことを考えると、それだけで頭痛がして息すらできなくなってしまう。
苦しい。
こんなに苦しいのだから、きっと思い出さない方がよいものなのだ。
そう決め込んで、身体を丸める。
海の底は、暗く、寒い。
冷たい水がしんと身に染みて、骨のずいまで凍らせる。
何故、僕がこんなところにいるのかは、なんとか思い出せる。〈誰か〉を追いかけてこの海に飛び込んだのだ。
つまり、追いかけているものは〈誰か〉なのだが、同時に〈誰か〉に苦しめられているという二律背反にさいなまれているという体たらくなのだ。
ふわり、と。
羽が宙を舞うように泡沫が踊った。
その中に、〈誰か〉の姿を見た気がした。
――見たくない!
そう思い、目をつぶった。
けれど少しずつ、頭の中を浸食していく。
もしも、君のことを。〈誰か〉である君のことを思い出せたのなら。
この苦しみを溶かすことができるだろうか。
ある日、僕は何か思い出せないだろうかと気分の悪さを噛み殺しながら、波の弾け散る白い水面を見ていた。
真っ白な記憶の中を、探してみる。
やはり何も思い出せない。君という存在は、僕の何だったのだろうか。
暗い海の底は相変わらず寒い。泡の中に浮かぶ君の姿を、その瞳を見ていると、何か思い出せそうな気がする。それなのに、何も思い出せない。
蘇ってくれ、こんなに苦しいのはもう嫌だ。
大きな、音
空に。花火が上がった。きらびやかな、花火。あまりに綺麗すぎて、言葉と思考を奪われた。
その刹那の輝きに、どこかで君を感じた。
ああ、そうだ。
君ともこんな花火を見たっけ。ほんの少しの悪夢。
悪夢だ。これは、悪夢なのだ。
君は、もう。
いないんじゃないか。
酷く悲しかった。思い出したくなかった。
また息が苦しくなる。涙が胸を締め付ける。深海の水よりも冷たい滴が溢れてくる。
思い出しても、思い出さなくてもこんなに苦しいのであれば、思い出さなければよかった。
君はどこにいってしまったんだろう。この、海の中にいるはずだ。
どこに、どこにいるんだ。
「ここだよ」
そっと僕の頬に、あたたかい手が触れた。
後ろから、まるで子供が自分が誰かを当てさせる遊びをするかのように触れられた。
確信した――思い出した、君は。
「やっと会えたね」
にっこり笑った君は、僕とともにいたときと同じ顔をしていた。
健康的だが、白い肌。長くのばされた美しい烏の濡れ羽の髪。淡い色なのに、印象がはっきりとした瞳。
すべてが、君だ。僕の思い出にあるそのままの君が、そこにいた。
「いっしょにいようね、ずっと」
そうだね、と。僕は喜びのあまりに滲んだ視界の中で頷いた。
徐々に、暗いばかりだと思っていた海の中が色付いていく。
明るい、彩色に溢れた海の中は、まるで君と僕の楽園だ。
ここで、君と僕はずっとずっといっしょにいるのだ。
君と僕は、たとえまたこの海の中が暗くなっても、ずっといっしょにいるのだろう。
二人で、思い出を重ね続けていくんだ。
原作 金森璋「海中」
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https://www.dropbox.com/sh/28s5sal1ddpmidc/AAAdesTIBIqEktnkXdtCFOzra?dl=0Produce 残響レコードボカロ制作部
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