安倍政権がなぜ放送法を誤って解釈し、放送局という言論機関に当たりまえのように介入できているのか、その理由がよくわかるやり取りが、今週、国会であった。
2016年2月15日の衆院予算委員会で、民主党の山尾志桜里衆院議員が安倍首相に対し、「精神的自由の経済的自由に対する優越的地位」の意味を問うたのに対し、安倍首相は官僚から渡されたメモを読みながらも、きちんとその意味を答えられないという場面があった。
山尾議員から「表現の自由の優越的地位とは何か」と問われた安倍首相は、「法的に正確にお答えをすれば、経済的自由、そして精神的自由より優越をするという意味において、この表現の自由が重視をされている、ということでございます」と、官僚から手渡されたメモを読みながら答えた。
その回答自体が正しい理解とは逆転している点は、急な質問に慌てたために、しどろもどろになった結果だったと好意的に受け止めるとしても、法学部出身でもある首相が、「精神的自由の経済的自由に対する優越的地位」や「憲法の二重基準」といった民主憲法の根本原則を理解していないことは明らかであり、またショッキングなことでもあった。・・・
精神的な自由と経済的な自由の関係や、そうした自由を保障しつつも、いかにして放送局の公共性を維持していくべきかなどを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。